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ばるぼら

Production Note プロダクション・ノート

手塚治虫、生誕90周年記念作品。47年の時空を超えて、ついに日本凱旋公開!

「ビッグコミック」(小学館)で1973年から1974年まで連載されていた漫画「ばるぼら」。連載当時から、この物語の主人公、耽美派小説家・美倉洋介のモデルは、手塚治虫本人ではないかと言われていた。本作連載開始時の手塚は当時44歳、その10年前の1963年にはすでに日本初のテレビアニメシリーズ(30分枠)「鉄腕アトム」を手がけており、1973年以降も彼は「ブラック・ジャック」など手塚自身の代表作とも言われる漫画を次々と生み出していた。手塚治虫の“人間に潜む変態性”“芸術と大衆娯楽への葛藤”“ユニ・セックスへの憧れ”などが詰まった本作は、ちょうど本作連載開始と同年の1973年に、手塚が経営していた虫プロ商事と虫プロダクションの倒産や、自身の億を超える負債を抱え、鬱屈していた手塚のあまりある才能の鬱憤が詰まった作品ではないかと思わされる。まさに、自身の才能をもてあまし、様々な疑念に苛まれる孤独な男・美倉と当時の手塚がリンクされてしまう。

息子が初めて手がけたのは、父・手塚治虫の禁断の問題作。

そんなエロティックで奇怪な、ストーリーは、愛と苦悩に満ちた大人の幻想物語として、今まで映像化不可能と言われていた。2018年11月20日、手塚治虫生誕90周年を記念して日本のアニメ・漫画界の重鎮たちが集まったパーティーにて、手塚治虫の実子である手塚眞が、主役の美倉と謎の少女・ばるぼらに抜擢した稲垣吾郎と二階堂ふみと3人で本作を映像化することを世界発表した。手塚眞は、学生時代から独自の映像美で注目されており、『白痴』(1999年ヴェネチア国際映画祭正式出品 デジタルアワード受賞)や『ブラックキス』(2006年東京国際映画祭正式出品)など、唯一無二の世界観を作り上げることに定評があったが、まさか実の息子が映画化に選んだ作品が『ばるぼら』であったことで、発表時は大きな話題を呼んだ。そして、本作の撮影監督にはウォン・カーウァイ監督作品の映像美で知られるクリストファー・ドイル。まさに奇跡の1作に仕上がった。

今、描かれるべき理由。今、観るべき理由。

漫画「ばるぼら」では、1973年当時の混沌とした新宿のネオンの影の下で、みすぼらしい格好で酒にまどろむばるぼらの様子が描かれている。一方、映画の中の時代背景は現代らしきも、過去の日本の様な風景も入り混じっており、全くの異次元に入り込んでしまう。本作では街を彷徨う美倉とばるぼらの様子が描かれているが、新宿・歌舞伎町が撮影に使われている。ここ数年は海外の旅行者増加によって、日本旅行の“聖地化”されていたが、実はここ歌舞伎町は新宿の中でもあまり風景が変わらない日本の風景の一つでもある。手塚眞は、こういった日本の今の街並みを使いながらも、時代設定を感じさせない世界を作り上げることに誰よりも長けている。手塚眞が作り上げる世界観によって、この作品の根底に眠る、父・手塚治虫が描きたかったであろう、<”想像“と”創造“の間に潜む狂気>を、より際立たせているのだった。この映画の世界は、もはや映画館という日々の社会と孤立した空間に埋没しなければ味わえない、まさに映画の蜜である。そして、奇しくも本作の公開年である2020年、東京2020オリンピック・パラリンピックが延期となった後の消化不良気味な日本を感じながら、本作に出会ってしまったこと、これは観なければ通ることのできない芸術への道である。